2021年02月01日

毛穴を縮める方法は効果的で簡単です。これらの方法はとても効果的です



1。定期的に角質除去


肌が濃い黄色で不透明で、毛穴が大きく、肌が滑らかでない場合は、キューティクルが厚すぎることが原因である可能性があります。私たちはあなたの肌が滑らかで、毛穴が小さいことを望んでいます、そしてあなたはあなたの毛穴を詰まらせないように定期的に古い死んだ皮膚細胞を代謝して取り除く必要があります。毛穴をどのように収縮させるかが最も効果的で簡単な質問です。いくつかのマイルドな製品を選択し、週に2回処理して、毛穴を効果的に収縮させることができますxove 白松露


2、清潔さに注意してください


私たちは常に肌をきれいにし、温水を使用し、アミノ酸を含む洗顔料を使用して優しくクレンジングするように常に注意を払う必要があります。肌の表面や毛穴に付着したホコリなどの汚れをきれいにするために、時間内に掃除しないと毛穴がたまりやすく、除去しにくい深部の物質になります。


3、肌に潤いを与える良い仕事をしてください


肌に潤いがなくなると、大きな毛穴の問題がより顕著になります。したがって、肌をしなやかで光沢のあるものにしたい場合は、肌の保湿と保湿に注意を払い、肌の細胞が「満腹」になるようにする必要があります。 「保湿、毛穴は自然に「隠されている」ので、毛穴を小さくしたい場合は保湿が欠かせませんxove 白松露


4、日焼け止めをうまくやる


日光に過度にさらされると、特に紫外線の場合、にきびの外観が刺激されますが、黒ずみが悪化するため、日焼け止めを適切に処理して時間内に作業し、特に日光にさらされたときに日焼け止めを塗る必要があります。傘を理解します。


5。良い生活習慣


良い生活習慣を身につけ、喫煙をやめ、飲酒をやめ、辛い食べ物を避けましょう。夜更かししたり、早く寝たり、早く起きたり、定期的に寝たりしないでください。遅くとも23:00までに寝なければなりませんxove 白松露


6。ダイエットサプリメント


また、食物を補給することにより、毛穴の拡大現象の改善にも注意を払ってください。トロッターや鶏の足など、コラーゲン技術を多く含む食品を摂取することで、肌の栄養を補い、肌の弾力性を高めます。

  


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2016年06月16日

欧米がアジアに


こんばんわ~歴史研究部でございます~^^

最近は民俗学友の会の人と一緒に読書してましたが、なぜか、民俗学さんばっかり語っておりました。
私が考察しても良いような内容なんだけど、民俗さんも、出番が少ないから、譲っておりましたw

最近、なんの話からそうなったか忘れましたが、妹が、
「どうして江戸時代の人は頭をそっていたんだろう?」
というようなことを言っておりました。
別に知りたいわけじゃないでしょうに、(妹は歴史が苦手)今の常識を何も疑わないで発言していたのが気になりました。

話は飛んで、ミシェル・フーコーに関する内田樹氏の本を読んでおりましたが、
歴史を、いま、ここ、私、を起点にして考慮する仕方に疑問を差しはさんでおられました。

いま、ここにいる私が抱いている常識は歴史を経て初めて常識となったのであり、それゆえ、いま、ここ、私を起点に歴史を考慮するのは間違っているという内容でした(多分)。

それで、それを、妹の疑問に当てはめて考えたくなったのですw

妹に聞かせるわけではないのですが、頭のてっぺんに毛がないのがかっこ悪いという感情は、江戸時代以降に生じたものでしょう。(多分)
では、どうして、江戸時代の人は頭を剃ったのか。
専門知識がないのに語りますが、なんとなくこうだったのではないか。

まず、戦国時代に兜を頻繁にかぶる武士たちが、兜をかぶっていない時よりも兜をかぶる時の方が多いので、長く兜をかぶっていても不快ではないように頭を剃った。
次は、兜を頻繁にかぶって戦を頻繁に行う武士は武士の鏡という考えが広がった。
それゆえ、頭を剃ることが、勇猛な武士であることを表す記号になった。

後に、頭を剃ることは、武士であることを表すものになっていった。
時代が安定すると、公務に着く武士は頭を剃るのが一般的になった。
それが庶民に広がった。

頭を剃っているのは江戸時代の人ばっかりではなく、中国の清の男性も剃っている。
ラーメンマンみたいな髪型です。

頭を剃るのがかっこ悪くなったのは、欧米がアジアに進出してから後のことであるのではないでしょうか。

今の自分からばかり過去を見ていると気付かないけど、江戸時代から今を見たら、どう見えるのでしょうね。  


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2016年01月26日

美都に本社があ


実孝だよ。

兄貴の学校のストーカーこぶたが、進学を諦めて、うちに就職したい、と言ってきた。
こぶたの母親はかなりの教育ママらしいが、こぶたに、
「二度と帰って来なくていいわ、一生骨うずめな。あと、アタマに稼いだ金でお礼しな」
と、一度だけ顔を見せてデカイ腹を抱えて帰ってしまった。
いかにもDQNな雰囲気なこぶたママのご亭主は、美都に本社がある全国展開の企業のエリート社員なんだそうだ。トップクラスの営業マンで俺も仕事であったことはあるが、国立のつくばった大学出身のいかにもなやつだった。何でああいうのが、DQNレディースにひっかかるかねえ。
当時、DQN女子高を中退してぷらぷらしていたところを、正義感ぶって説教したところ、こぶたママに惚れられて押しかけ女房になったんだとか。
見た目よりよく働くし気が利いているし、子沢山がたまにキズだが、何よりやりくり上手で子供の教育熱心なんだとよ。
長男のこぶたは、国立の付属に言ったんだが、何を思ったか孟宗にきた。
うちだって、ここいらでは上級レベルの学校だから、こぶたママは大満足だった…だったんだが、ヲタ・ストーカーのダブルな高校生活になり、見切りをつけたみたいだ。
DQNな子沢山は、スペアがたくさんいるから、どうでもいいらしい。
かわいそうだから、まずは契約社員で行くか、と思ったら、副住職のオッサンがクレームをいれてきたので、扱いが宙ぶらりんだ。
大人気ないぜ、くそヤンキーめ。  


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2015年11月16日

時間までにして


その音を聞いて、俺は何度目かの舌打ちをした。そして、奥にいるはずの妻に声を上げた。
「おい!」
電話取ってくれ、そう続ける前に急いで出てきた妻が、電話に出る。
「はい、こちら○○食堂です優纖美容。え、今から出前ですか?」
妻の声を聞き流しながら調理に集中していたのだが、出前の一言が聞こえたとたん、また舌打ちしてしまう。
「あなた、カツ丼二つに天丼一つ。三丁目の山下さんの所に出前追加よ」
「くそ、今度は山下の所か」
これで溜まってる出前の注文は4軒分だ。
「何だってこんな時間に出前が重なるんだ」
そういって時計を見ると九龍數學老師、既に午後九時三十分。いつもなら十時の店じまいに向けて準備をする時間だ。
だが今日に限って、出前がいつもの四倍以上だ。しかも出前だけ。
出前を届ける時間も店じまいと同じ時間までにしていたのを忘れていた。それが元凶の一つではあるのだろうが、それにしても重なりすぎだろう。
いやいやそんなことを考えている余裕などない Dream beauty pro 脫毛。とにかく注文を受けたからには出前を届けねばならない。
新たに受けた分も作り始めたところで、出前を届けに言っていた息子が帰ってきた。
「ふぅー、親父、帰ってきたぞ」
息子は大分疲れた顔をしていたが、俺はそこに追い討ちをかけるように言った。
「おい、さらに四軒分だ。もう一回行ってもらうぞ」
うえー、と息子はさらにいやそうな顔をしてため息をつく。
「はぁ、しゃーねーな。次はどこだ?」
妻が今度の注文先と注文内容を息子に伝える。その間、俺は黙々と料理を作っていた。
その時、その夜の電話は、午後十時まで引っ切り無しに続いた。

  


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2015年09月11日

王女ではありませ


マイクが悶絶しているころ、ビアンカは本当に、危機的状況にあった。
両手両足を荒縄で縛られ、見知らぬ男の肩に担がれているのだ。
「わたくしは、側室です。王女ではありません!」
「嘘ばっかり言うなよ。この王宮で武器を持ち歩いて咎められない若い女っていったら、王女くらいだろ」
「それはそうですけれど鑽石水 ……わたくしは王女ではありません。ビアンカです。わたくしをただちに解放しなさい」
「ならもっと有得んだろ。ビアンカといえば軍事大臣が何より大事にしている娘だろ、そんな娘が父親を殺そうと付け狙うはずないからな、がっはっは!」
「ですから、わたくしは実の父を殺そうとして待ち伏せていたのです!それをあなたが、邪魔をした!」
「そんな言い訳が国際社会で通用するわけないだろう 。あんたやっぱり王宮で育てられたお嬢様なんだな、がっはっは!可愛いじゃないか」
大口をあけて豪快に笑う若い男は、どうやら隣国の王子らしい。
数少ないお供をつれて王宮へ密かに乗り込んできたらしいのだが、何を思ったのか『噂の暴れん坊王女』を浚うことにしたらしい。
「だいたい、歴戦の猛者であるヴェロニカさまが、あなた如きに捕まえられるわけないでしょう!」
「はははは、威勢のいい女は嫌いじゃないぞ優纖美容。だが、生憎あんたは俺の好みじゃない。俺の好みは、もっとグラマラスでもっと勇ましい女と、美青年だ。ヴェロニカという王女はもっと勇ましい女将軍だと聞いていたが、やっぱり王女だな、この程度か。ちょっとがっかりしたぞ。うわっはっは!」
ビアンカは深い深い溜息をついた。
(まったく会話が成立しないわ……どうしましょう……?)
このままうかうかと浚われてしまっては、国の一大事に繋がることは間違いない。
かといって、馬鹿力で話が全く通じない男の腕からどうやって逃げればいいのか、皆目見当がつかない。
「よし、無事に王宮の外へ出られたな鑽石能量水 騙局……ってあんた、剣や装飾品が減ってねぇか?」
「……剣はあなたが取り上げたんじゃない!装飾品はもともと少ないわよ!」
「そうだったかな……?目印に落としたんじゃねぇのかぃ?」
「そんなことする余裕なかったわ」
赤茶色の瞳でじっと見つめられ、ビアンカは内心焦った。だが、男はビアンカの焦りには全く気付かなかったらしい。
「よーし、こっからは馬車で行く。国境警備隊を強行突破する。大人しくしていろよ、王女さま」
どさりと、まるで荷物のように馬車の荷台に放り投げられて、ビアンカは小さく悲鳴をあげた。
「げへへ、可愛い声がだせるじゃねぇか。綺麗な脚だ。……でも俺の好みじゃねぇんだよな……」
(どうしよう……ヴェロニカさま、助けて……)

  


Posted by weixingi at 15:23Comments(0)soft

2015年07月15日

奥から命の悲鳴


離婚する前、我が家には2羽のセキセイインコと皆さんよくご存知の愛猫タラがいた。ペットを飼う切っ掛けは娘のアレルギー性小児喘息が治ったことである。息子は医療ミスで予定日より一ヶ月も早く帝王切開でやむを得ず誕生した外幣兌換
そのため生まれつき気管支系が弱い。やはり喘息があった。とくに娘は2歳頃からひどくなり、夜中に発作を起こし、車で病院へと運んだものだった。喘息の発作は死ぬほど苦しく、その喉の奥から命の悲鳴がゼイゼイヒューヒューと聞こえて来ると、何も助けて上げられない親の無力感にうなだれるばかりだった。
良い医者が見つからず、病院を転々とした日々も今では懐かしい思い出に変わった。小児喘息は子どもの成長と共に完治する場合がある。体力も付き病気に負けない精神力も備わって来たのは水泳などのスポーツのお陰だと思う。幼い頃から動物が好きでペットを飼いたがっていた娘には、ぬいぐるみさえ与えられない生活だったDream beauty pro 脫毛
ダニ、埃、等がアレルゲンのためである。そのためカーペットはマンション購入後間もなくフローリングに変更。出来る限りの事を尽くし、喘息が早く良くなるよう努力した。毎日欠かさず飲む薬と吸入。そして数年が経ち、発作は全く起こらなくなった歐亞美創醫學集團
「鳥でも飼ってみる?」主治医に相談もせず、鳥だったらおそらく大丈夫だろうと早速鳥専門ショップに行き、娘が気に入ったこの手乗りインコがポッポだった。雛のくせに他のインコたちとは一風変わった行動をとっていて何処と無く人間味を感じた。娘の鳥を見る時の輝きは友情に満ちている。娘の幸せを運んだ鳥、止まり木はいつも心の中にある。

  


Posted by weixingi at 13:13Comments(0)kiweeui

2015年05月29日

嬉しげに相模屋が


離れでは、陽の当たる道を歩かせてやりたいと兄が望んだ月華が、相模屋の膝の上でゆっくりと弄られている。
相模屋の短い指は、湯上りの月華の寝間着の裾から割って入り、中心でうごめいていた。

「あっ・・・あっ・・・旦那さまっ・・・?・・」

さわさわと扱かれて幼い茎が、ゆるゆると起ち上がろうとしていた。
先端の滲んだ露を認め、嬉しげに相模屋が上下にこする指先に力を込めた。

「お可愛らしい月華さま。この相模屋の手に初めての吐精をして御覧なさいまし。」

「い、けません・・・旦那さ、ま。手を、手を止めて・・・」

はっはっ・・・と、声を苦しげに喘がせ相模屋の着物を掴み、月華の全身は総毛だって震えていた。

「旦那さま、いや、いや・・・粗相をしてしまう・・・」

「お小水を零したら、羽二重の綺麗なお蒲団が・・・汚れてしまう・・・はな、してっ。」

身を捩り、這って逃げようとする少年の細腰を引き寄せた。
蒲団に貼り付けるように、両腕を頭上にまとめてしまう。

「いいから。お小水も、皆ここへ零しておしまいなさい。」

「いや、いや・・・。兄上に叱られる・・・はなして、はなして。」

眼前にある幼い武家のいたいけな姿が、愛おしかった。
陰間の濃い茎に比べるべくも無い、淡い薄い色の若い茎が切なげにふるふると怯えて揺れていた。

「波・・・が・・・ああぁ、月華を浚ってしまいます。旦那さま・・・こわい・・・しっかりと掴まえて、下さいまし。」

「いやーっ、さらわれてしまうっ・・・きゃあぁっ・・・」

激しく顔を振る月華の頬は、もうとめどない涙で濡れて、知らぬ世界を覗き見て上気した頬がどこか痛ましかった。

「・・・あぁ・・っ・・・月華の、お・・・小水が・・・出てしまうーっ・・・」

襲い来る快感を「波」と表現し、先端から零れ落ちる精を、粗相しそうな尿と思って悶え戦慄する少年を、相模屋は心から愛おしいと思った。
自分の思う色に染め上げる紫の上が、手に入ったと思うと切り餅の一つや二つくれてやるのは、大店の相模屋にはなんでもない。

「お可愛い月華さま。そのように泣かずとも、怖くなどありませぬよ。」

「さあ。お褥が汚れぬように相模屋が入口に栓をかってあげましょうね。」

細い腰を懐にきつく抱きこんで、薄紅に染まった細い茎を口に頬張った瞬間ぴくりと身じろぎ、ひゅと月華の喉が鳴った。
初めて口腔に捕らえられ、大きく見開かれた目が、驚愕に慄く。

「いやぁ・・・っ・・・!」

相模屋の腹が波打ち、月華の耳元に熱い息がかかった。
両手が、高く持ち上げられ相模屋の猪首に回った。

「だんな・・・さま・・・」

ふと、頑是無い大きな瞳が弓張り月の細さになったかと思うと涙ではなく「くくっ」と異質な笑い声が零れた。

どっと、脂ぎった顔が近づいてくるのを、軽くいなして月華は避けた。

倒れこんだ相模屋の、首の後辺り「亜門」と言う急所に深々と長い針が光る。
すっと右手で抜き取ると、再び転がった相模屋の心の臓めがけてとん・・・と留めを打ち込んだ。
見た目に似合わぬ、見事な早業であった。

「ふー・・・お別れですよ、旦那さま。」

「健気な稚児の仕草は、何度やっても疲れるの。さてと。」

畳のヘリから床下に針を落とすと周囲をうかがって、事切れた重い相模屋を押しのけ、息を吸い込み悲鳴を上げた。

「きゃあああぁあーーーーーーっっ。いやあぁあああっーーーーーっっ、誰かーーーっ・・・・」

駆けつけた番頭にひしとしがみつき、哀れな風情で泣き崩れればよかった。

「ああぁ~んっ・・・旦那さまぁ・・・ああぁ~ん・・・」

「あっ、これはっ!?」

「まったく、いい年をして年端もゆかぬ童にまで手を出そうとするから、このような末路になるのだ。」

「ああぁぁん・・・番頭さん、番頭さぁあん・・・えっ、えっ・・・・ん・・・」

「よしよし、これは中気の発作だな。おまえのせいなどではないから泣かずとも良い。」

泣き縋る美童は、しゃくりあげながら言葉も無く番頭の名を呼びながらかき付いていた。
襟元に紅い吸痕を認め、余りの労しさによしよしと飴など持って来て機嫌を取ってやった。

「えっ・・・えっ・・・兄うえ・・・に逢いたい・・・兄上ぇ・・・あぁんっ」

「よしよし、すぐに使いをやろうな。」

番頭は、相模屋の死を目の当たりにし、夜通し泣き濡れる用心棒の弟を宥めた。
くすんくすんと番頭の腕の中で啼きながら眠った、愛らしいいたいけな子どもまで、毒牙に掛けようとして情死したのだと使用人達は噂し呆れた。
誰も疑いようもないほど、相模屋の色好きは有名で、散らずに済んだ稚い美童は例えようもなく儚く愛らしく見えた。  


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2015年05月08日

のやりとりもいつ

最近はここの門番にも慣れてきたからか、多少の融通を利かせてくれる。

「それなら・・・・・・開門。これがいいですね。冷やした赤です。温まらないうちに届けてあげてください」

 俺はゲートから冷蔵庫で保存してdermesあるワインを出した。

「ああ、ありがとう。持って行く前に私もちょっと味見してみようかな」

「どうぞどうぞ」

「うん、美味い。もうちょっと味見したくなるけど、あまり飲みすぎるとどやされるからね。持って行くとするよ。それは停めておいてくれて構わないよ」

「ありがとうございます」

 問題も解決したので久しぶりに依頼でも受けてみようか。



 護衛依頼を受けたくないと思っていたのがフラグだったのか、指名されてしまった。もうちょっと失敗しておくべきだったか。

「では、ユキトさん。今回はレイラさん康泰領隊とシャーロットさんもご一緒の指名です。頑張ってください」

「分かりました。リースさん」

 ここで断っても良かったんだが、別の町や村にも興味があったので受けることにした。

「あら、ユキトじゃない。久しぶりね。どう?ランクは上がった?」

「はい、おかげさまでEランクになりました。レイラさんの調子はどうですか?」

「んっふっふー。私はこの依頼を終えて試験を康泰領隊合格したらBになるの。それの関係もあってレッドクリフからは離れてたんだけど、おねーさんの顔が見れなくて寂しくなかった?」

「少し」

「そこはすごくって言っておきなさいよ」

 レイラとのやりとりもいつもの調子だ。

「ユキト、久しぶ・・・・・・レイラさん、レッドクリフに戻ってたんですか?」

「あら、シャーロットじゃない。久しぶり。どう?前衛は見つかった?」

「臨時でなら組んでくれる人が居るんですが、しっくり来るパーティが無いんです。そこのユキトは面白い話が聞けるし相性もいいけど、ユキトだけの火力で足りてしまうのであまり面白みが無いですし」

 顔見知りだったようだ。

「確かに面白みは必要よね。効率も大事だけど、冒険者なんだから刺激が無いと」

「お二人とも知り合いで?」  


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2015年05月06日

楽せず あてにせず


少欲知足 「遺教経」
_______少しの、小さな欲でもって満足を知りなさいというような意味なのですが
”無欲” とおっしやらないところうが、ほんとうにお釈迦さまらしいと思いません
か?
 まったく無欲だったら、仙人になっちゃわないと、この世で生きていけないで
しょう。だからいろいろなことに対してたえず少欲をもっておく。勉強だって最初
からノーベル賞をとろうとかの太欲をもっていては挫折するでしょうし、就職のと
きだって最初から社長にしてくれっていっても笑われますよ。豊臣秀吉じゃあり
ませんけど、最初は草履取りで満足して、上司である殿様の草履を懐ろに入れ
て温めるという真心をもつ。それで少し上の役についたらまたそこで一歩だけ進
んだ少欲を抱く。
 仕事、恋愛、家庭生活、なんでも同じことですね。 
 無欲になれといわれても無理ですが、少欲をもって満足を知っていけば、心は
やすらぎますし、そこから次加州健身中心の少欲へと、また一歩前に進んでいくのではないで
しょうか。
 昔からよくいわれる言葉に、

   無理せず 楽せず あてにせず

 というのがございますね。
 無理に自分の望みを通すな体も無理するな。また楽したい楽したいと思うな。
 そして他人をあてにすると常に不満が残るから、あてにしてはいけない__
という意味ですが、これも根っこのところで ”少欲知足” とつながっていますね。

 お釈迦さまは、人間の弱さを本当によくご存じだったんだなあと、私は思います。
  


Posted by weixingi at 11:49Comments(0)

2015年03月24日

自分は山間の舞台




去る3月19日に人間国宝の落語家・桂米朝さんが肺炎で亡くなられ、大きく報道されています。先日大手前大学さくら夙川キャンパスで開催されたかんべむさし氏文芸講演会後の茶話会で、上方落語に造詣が深いかんべ氏から、桂米朝さんのお話や、桂米朝と三島由紀夫の邂逅を題材にした作品『幻夢の邂逅』についてお聞きしたばかりでした。

桂米朝(本名、中川 清)さんは1925年旧関東州大連市生まれ、兵庫県姫路市出身の上方噺家。1945年2月に応召し、姫路の山間部に急造兵舎があった歩兵部隊に入隊しますが、急性腎臓炎に倒れて、3月には地元の病院に入院、病院で終戦を迎えました。
『幻夢の邂逅』では次のように述べられています。
<本籍地は古くからの城下町であり、明治以降は師団司令部が置かれ、各兵科の連隊が駐屯する軍都になっていた。距離としては短い移動であるが、自分は山間の舞台からそこの陸軍病院にまわされ、入院生活を送ることにになった。>

一方、三島 由紀夫(本名、平岡 公威)も同い年の1925年生まれ、本籍地は兵庫県印南郡志方村.。1944年、兵庫県加古川市の加古川公会堂で徴兵検査を受け、第2乙種合格となります。

『仮面の告白』によれば、本籍地の加古川で徴兵検査を受けたのは、「田舎の隊で検査を受けた方がひよわさが目立つて採られないですむかもしれないといふ父の入れ知恵」でしたが結果は合格してしまいます。そして桂米朝さんと同時期の1945年2月には応召され、父・梓と一緒に兵庫県富合村へ出立し、入隊検査を受けますが、折からかかっていた気管支炎を軍医が肺浸潤と誤診し、即日加州健身中心帰郷となります。

青野ヶ原には現在も自衛隊演習場が残されています。

それらの事実からかんべむさし氏が桂米朝と三島由紀夫の邂逅を物語にしたのが『幻夢の邂逅』(初出;小松左京マガジン十月号)でした。

桂米朝は夢の中で、入院していた姫路の陸軍病院で三島由紀夫と出会うのです。桂米朝の寝ている寝台が空いており、そこに若い新顔が連れてこられます。
<その彼が、看護婦に手を添えられ、おぼつかない足取りでとなりの寝台にやってきたで、自分は異様な衝撃を受け、彼が入院に至った背後には、複雑な経緯があるはずだと直感していた。(この男は、壊れかけている!)とっさにそう思ったのは、肉体面のみならず精神面においてもであって、これを逆から言えば、双方を「壊され」かけて、極度に消耗している人間だと感じたのだ。なぜなら、眉だけは妙に濃いのだけれど、坊主頭で頬のこけた逆三角形の顔は異常に青白く、両肩は肉が落ちて下がり、胸も薄くて大きめの患者衣が重たげに見えてた。>

昭和45年11月25日、桂米朝は尼崎の自宅二階でようやく四時過ぎに寝床につき、四回目の夢を見て、眠りから覚めかけたのが午前十一時半過ぎ。そのとき、階下で内弟子が騒ぐ声を耳にします。
<「何や、何を騒いどるんや!」大声で問うと、一人が会談を駆け上がってきて、興奮の口調で報告したのだ。「師匠、えらいことです。テレビのニュース速報で言うてますけど、三島由紀が自衛隊に立てこもって、総監か誰かを人質にとってるそうですわ」>

最後の夢を見た日が、三島事件の日に設定され、桂米朝も入院せずそのまま軍隊にいたならという、IFの重なった、兵庫県人にとっては考えさせられる面白い構成の物語でした。  


Posted by weixingi at 18:05Comments(0)guierji