2014年05月27日

みるのは風

木の枝をつかむ、
腕に力をこめて体を持ち上げる。
2階に上がるだけなのに、なんでこんなにしんどいことをしなければならないのかと、ぐるぐると奇妙な思いがめぐっている。なかなか2階へは上がれない。

夢の中では、階段がなかった。
目が覚めてのちも、体に夢の疲労が残っている。
こんなしんどい夢ばかりみるのは風邪のせいだった。
ぼくの風邪は夜行性で、昼間は頑張ってぼくが攻めているが、夜になると無防備なぼくを攻めてくる。
このようなしんどい夜は、風邪の症状がやわらぐまで続くのだろう。たぶん夢の階段を見つけることができるまで、それまでは続くのだろう。
  


Posted by weixingi at 12:12Comments(0)kiweeui

2014年05月27日

涙が出てき


海が
押し寄せてくる
波となって
なみだの海が

涙というものは、悲しDream beauty pro 脫毛いからといって必ずしもでてくるものではないと思う。
また、苦しいから辛いからといって、涙がでてくるとはかぎらないだろう 。
だが予期せずに、自然に涙がでてくるときがある。それは感動の涙ではないだろうか。
そのとき心でじかに、なにか大きなものを受け取っているのだろう。押し寄せてくるものを、知らない自分が受け止めているのだろう。それが何であるかを認識する前に、出てくる涙が感動といわれるものなのだろう。

だから最近では、涙が出てきたときだけ、真実なるものに出会っているのだと信じるようになった。
涙が、物事の真偽を判断するDream beauty pro 脫毛バロメーターになっている。

小さな海だからすぐに消えてしまう。
この海を、言葉で書き留めておくことができたらと、いつも思う。だが捕まえるまえにすり抜けてしまう。心の衝動だけを残して、それはそれで心地いいのだけれど、もやもやとしたものだけが残される。
「琴線に触れる」という言葉があるけれど、心の糸に触れたなにかが確かにあったのだ。それをなんとかして記録に残そうとして、記憶の海を泳ぎながら言葉を探しつづけている。
だが海は、とてつもなく巨大な忘れもDream beauty pro 脫毛のなのである。
  


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2014年05月03日

初めてメール


新しい車の匂いに慣れない。運転にはもっと慣れない。新車だからといって特に心が浮き立つということもなく、あれで良かったのかもと、以前の「慣れ」を懐かしんでいる。ちょっとした習慣が変わることを楽しめないのは、まだ未練があるからなんだろう迪士尼美語 評價

何か「新しいもの」を手に入れたことが、ものすごく嬉しかったり感動だったりしたのは、いつの何が最後だっただろう。たとえば、ぴぃーーーひゃらららららなしにネットに繋がるようになった時、あれは確かに感動だった。でもあのあとは、たとえばまた少し接続が早くなったところで、それほどの感動はない。もちろん嬉しいんだけど、どうしてもこっちというような大きな差は感じない。

そう、たとえば初めて携帯を持ったときのうれしさや、初めてメールをした楽しさ、あれと同じ感動は、たとえスマートフォンに買い換えたとしてもないだろうと思う。もちろん便利になるだろう。でもそれは私にとってはどうしても必要なものというわけではない気がする迪士尼美語 評價

アナログ放送が終わった。
わざわざその時間にテレビをつけて、地デジではなくアナログにして変化を見ようなんて待っていたけれど、どういう仕組みかべつに何も変わることなく、時間が過ぎてもアナログはアナログのまま映っていて、テレビの向こうだけが大騒ぎしているように見えた。

夜は矢部さんのゴールが気になってテレビをつけた。岡村さんの号泣にアナログなもらい泣きをしながら、昭和の香りたっぷりの「涙をこえて」を聴いた。「涙をこえていこうなくした過去に泣くよりは涙をこえていこう輝く明日みつめて」迪士尼美語 評價




  


Posted by weixingi at 12:09Comments(0)gmjnh

2014年05月03日

嘲笑う理由なんて


去年はたくさん咲いた。今年はたぶん、ひとつ。
素足にサンダルを履いた昨日、夜になってから、思い出したようにペディキュアをした。そして、ついでのようにマニキュアも塗る。爪の色に近い淡い桜色とトップコートの艶だけで、気持ちはわずかに華やいだ。普段はほとんど素爪だ。爪を伸ばすことも、諸事情あってしない。でもふっと、心の動く時があるものだ。
動くつもりだった。
そのつま先を止めたのは、ペディキュアの僅かな重み。それとも強い風。あるいは見えない壁卓悅化妝水
私の投げる球はいつも、壁に当たってポロンと弾き返されるでもなく、ただスンと吸い込まれて向こう側に消えてしまう。その先が分からない。今度もそうかもしれないと思うと、マニキュアだけでは投げる勇気に足りなかった。
投げなかったから、誰も、何も、知らない。知られなければ哂われることもない。
投げようとした私を嘲笑えるのは、私だけだ。
でも本当は、嘲笑う理由なんて、どこにもないんだよ。
スンと吸い込まれて消えてしまったとしても、心をこめて投げたという真実は変わらない。何も悔いることはないよ。
だからまた、そのうちに。

  


Posted by weixingi at 12:08Comments(0)gmjnh