2015年11月16日

時間までにして


その音を聞いて、俺は何度目かの舌打ちをした。そして、奥にいるはずの妻に声を上げた。
「おい!」
電話取ってくれ、そう続ける前に急いで出てきた妻が、電話に出る。
「はい、こちら○○食堂です。え、今から出前ですか?」
妻の声を聞き流しながら調理に集中していたのだが、出前の一言が聞こえたとたん、また舌打ちしてしまう。
「あなた、カツ丼二つに天丼一つ。三丁目の山下さんの所に出前追加よ」
「くそ、今度は山下の所か」
これで溜まってる出前の注文は4軒分だ。
「何だってこんな時間に出前が重なるんだ」
そういって時計を見ると九龍數學老師、既に午後九時三十分。いつもなら十時の店じまいに向けて準備をする時間だ。
だが今日に限って、出前がいつもの四倍以上だ。しかも出前だけ。
出前を届ける時間も店じまいと同じ時間までにしていたのを忘れていた。それが元凶の一つではあるのだろうが、それにしても重なりすぎだろう。
いやいやそんなことを考えている余裕などない 。とにかく注文を受けたからには出前を届けねばならない。
新たに受けた分も作り始めたところで、出前を届けに言っていた息子が帰ってきた。
「ふぅー、親父、帰ってきたぞ」
息子は大分疲れた顔をしていたが、俺はそこに追い討ちをかけるように言った。
「おい、さらに四軒分だ。もう一回行ってもらうぞ」
うえー、と息子はさらにいやそうな顔をしてため息をつく。
「はぁ、しゃーねーな。次はどこだ?」
妻が今度の注文先と注文内容を息子に伝える。その間、俺は黙々と料理を作っていた。
その時、その夜の電話は、午後十時まで引っ切り無しに続いた。
  


Posted by weixingi at 12:44Comments(0)suitable